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5月, 2014の投稿を表示しています

WOWOWのアダルトドラマ「モザイクジャパン」が突き抜けている

連続ドラマW モザイクジャパン R15+指定相当|WOWOWオンライン
http://www.wowow.co.jp/dramaw/mosaicjapan/傑作のにおいプンプン「Woman」「最高の離婚」「それでも、生きてゆく」「Mother」の脚本家、坂元裕二の最新ドラマが、いまWOWOWで放送中です。 題名は「モザイクジャパン」。AV業界を題材にした作品です。まだ一話しかみていないけど、すでに傑作のにおいプンプンさせてます。たまらない。 真骨頂「WOWOWでしか流せない」が炸裂中民放では絶対に放送できない卑猥な表現もさることながら、その強みを活用して、日本のいわゆる「モザイク文化」に対する深い深い疑義の提案をしようとしている。さすが坂元裕二。あ、彼の最も有名な作品は「東京ラブストーリー」ですが、あのイメージで見たらちょっと面食らうのは間違いない。 WOWOWは今までも民放には手の出しづらいジャンルをたくさん扱ってきた。池井戸潤原作のリコール隠し問題を題材にした「空飛ぶタイヤ」や、原発事故直後の真山仁原作「マグマ」映像化、あれは断言するけど、民放では絶対に放送できなかった。どちらも本当に秀逸な作品で、なんだかスタッフも役者もイキイキしているのが伝わってくるんですね。言葉のひとつひとつが突き刺さってくる。そういう作品が「WOWOWらしさ」の真骨頂だった。 今回はその「WOWOWでしか流せない」の新解釈になっている感じ。坂元裕二流と言ってもいいのかもしれない。 もう、脱げない女を「女優」と呼ぶなヌードだって普通に出てくるんだけど、アダルトな女優さん起用しているわけじゃない。女優として生きている女優さん(つまり舞台女優の比率が多い)がAV女優を演じている。オフィシャルサイトでみんなのインタビューを見られるんだけど、信念を持って演技者を捉えているのが伝わってきて、すごく好感が持てた。 モザイクという欺瞞をさらけ出すモザイク処理された映像があるということは、つまりモザイクをかけている人がいる。撮影している人、本番をしている人がいる。この欺瞞に気づかないふりをする。いや、今となっては本当に気づいていない人すら増えているのかもしれない。 エンドロールで涙が出てきたともかく結果的にモザイクジャパンは生まれた。有料放送局でしかできない際の際を攻めてゆくそのチャレンジ精…

AKB握手会傷害事件の対応策が、さらなる悲劇を助長する可能性について

出典:外資系戦略コンサルタントの視点から見たアイドル・ビジネス先日起きた「AKB握手会傷害事件」は、各方面に大きな衝撃をもたらしましたが、その一方で、「ついにきたか……」と感じた人が非常に多い事件でもありました。「握手会」の仕組みや運営方法に不安を抱いていた人もいたし、「会いにいけるアイドル」という近さに対して不安を抱いていた人もいます。 思慮を欠いた対応策が、さらなる悲劇を助長する今回の一件によって、ほとんどすべてのアイドルグループが何かしらの対応を迫られるのは間違いありません。残念ながら、昨今のアイドルグループは「近さ」を戦略の主軸にしているからです。ぼく個人が不安を抱くのは、「対応策」の程度です。「近さ」を売りにしていたからこそ、対応の方法は絶妙なバランス感覚を必要とするはずです。ようは恋愛のもつれからストーカーが生まれ、結果的に凄惨な事件にまで発展するケースに似ています。知っていますか、殺人事件というのは見知っている人間同士で起こることがほとんどです。これが心配のし過ぎだとは思いません。安易な対応がさらなる悲劇を誘発する可能性を、ぼくは排除すべきではないと思います。 ファンが蚊帳の外になるのは危険極まりない対応策の方針を決める主導権がAKBとファンとにない状況は絶対にあってはなりません。最悪なのは、もし仮に行政や世間様みたい外圧がそれを主導してしまった場合です。行き場を失ったファンの鬱憤は溜まりに溜まって、ほんのすこしの亀裂から一気に流出するかもしれません。AKBが多くの人間を「救っていた」事実を忘れてはいけないAKB商法といって軽蔑の対象にしてしまうと見逃しがちになりますが、信仰なき現代社会において、AKBが「救い」として機能していたことは決して忘れてはいけません。現行の宗教がどれもカタチだけのお飾りに成り下がった結果として、近年は科学と経済が信仰をも請け負ってきたわけですが、そのような状況下でモーニング娘やAKBが提案して大成功したのが、拝金主義と偶像崇拝を紐帯して神秘性をまとった「救い」の形態でした。つまり、「お金のために働く」「生命維持のための消費行動」という機械的な作業が、彼女たちを通じて信仰を強化する「価値のある行為=供儀」になったわけです。それは現行の宗教が提供できていない「ぼくの居場所はここ」という承認欲求を満たしうるものでした。なので本当…

川栄、君の「うそだろうが!」でこの事件をうまく収拾してくれないか

「うそだろうが!」ぼく、とっても好きです。

彼女は研究生の頃からAKB共和国に出ていたので、一方的にかなり知っている感覚です。当時からバカっぽさが放射しまくっている代わりに、とても愛らしいキャラという印象。

今回の事件、ケガをされた3人の様態も気がかりですが、やはり握手会の今後です。事と次第によってはケガした彼女たちが浮かばれない場合だってあるわけで。

ぼく個人は、握手会とか一度も行ったことないのでめちゃくちゃ部外者なんだけど、AKBの核がおかしくなると、レギュラー番組終了とか、乃木坂46にまで影響しかねないわけで、今からとても心配しています。

なにより、平和的な多くのファンが泣くような対処だけは絶対にやめてほしい。1%の例外を防ぐために正常な99%の身動きまで封じるみたいな、人間のもっとも代表的なバカさ加減が発現しないように願います。

最後に、奇跡の名言で締めたいと思います。いつきいても元気になれる。あーあ、あの子の元気いっぱいの「うそだろうが!」でササッと事態を収拾してくれないかな。命に別条はないみたいでよかった。お大事に。

川栄李奈 岡村にブチ切れ「ウソだろうが!」 川栄センターバカ回答集-AKB48-Kawaei...

声優「前田玲奈」の歌声は特筆すべき

それでも世界は美しい「雨の公女」第2話 劇中歌 https://www.youtube.com/watch?v=5M1tCrzq7Xsいま「それでも世界は美しい」というアニメが放送中です。物語は女性向けに特化されすぎているのであまり好みではないんだけど、そんなことどうでも良くなってしまうくらいニケ姫の声優、前田玲奈の歌が美しい。そう感じている人は実際多いようで、彼女の美声が聞けるシーンがyoutubeにもアップされています。もう少し語らせてもらうと、近年の声優さんの歌って、大概は二通りに大分されます。アニメのようにカワイイ声で歌うか、そうでなければオペラ歌手を数段劣化したような「美声」を曲解した歌い方です。後者がぼくはとても苦手なんだけど、前田玲奈の場合は声優うんぬんの前にとにかく歌がめちゃくちゃうまい。変な違和感がありません。こういう声優さんが増えたら素敵だなあ。必聴です。

日本のモザイク文化に切り込むWOWOWドラマが面白そう

連続ドラマW モザイクジャパン R15+指定相当|WOWOWオンライン
http://www.wowow.co.jp/dramaw/mosaicjapan/坂元裕二脚本による面白そうなドラマがWOWOWではじまります。 その名も「モザイクジャパン」。AV業界ネタです。いや、だからといって坂元裕二なのだから軽い作品なわけがない。きっと日本の映像業界をとりまくおかしなモザイク文化、放送倫理に一石を投じてくれるものと期待しています。 一応、坂元裕二を知らない人のために、代表作は「東京ラブストーリー」です。最近では「Woman」「最高の離婚」「それでも、生きてゆく」「Mother」なんかが彼の脚本です。 とはいえ、WOWOWドラマは加入しないと見られないわけですが、まあ、だからこそスポンサーに依存せずに際どい作品が作れる わけで、楽しみです。あ、ちなみに、R15+指定相当というのはキャッチみたいなものですw

アイドルブームは宗教の代わりになりつつあるという仮説

昨今の日本のアイドルブームは、「信仰」の方向へと変容しつつあると思っています。 それをもっとも強烈に志向しているのが「ももクロ」です。仕掛け人たちがもし意識的にやっているんだとしたら驚嘆しますが、彼女たちのライブは文化人類学的に言えば脱魂型の儀式に似ています。偶像を媒介とした集団トランスの誘発です。「走れ」を聴けば多少は理解が早いかもしれません。 ももいろクローバー 走れ!
https://www.youtube.com/watch?v=M8KNbSKEH08「アイドル」が擬似的な偶像崇拝の形態だというのは誰にでも理解できると思うのですが、今までエンターテイメントとしての側面が強かったものを、これほど信仰の方向へと推し進めたのは、ぼくは現行の宗教がどれもが現代人を救えていないからだと思っています。 国家神道にしても仏教にしても、宗教の多くが本質を置き去りにした空っぽの宝箱みたいに成り下がった結果として、人間存在の不安定さを全面的に請け負ってくれる「なにか」への渇望が現代人の根本に溢れかえっている。換言すれば、信仰を通じて「神秘の世界と接合したい」という欲求が満たされていない状況です。そこにアイドルがハマりつつあると。「神秘の世界」というのは、簡単にいえば自我の奥底をまさぐることに同意なので、「アイドルへの執心」が信仰的になればなる程に、「自分とは何か」が満たされるような高揚感に包まれやすくなります。つまり、「僕の居場所はここにあった」という感覚ですね。 考えてみればわかると思いますが、アイドルとファンの間で重要なのは、アイドルの本当の人間性ではありません。重要なのは、ファン個々人がアイドルに期待する溢れんばかりの幻想を、余すことなく請け負ってくれる存在としてのでかさです。地母神的な包容力です。それは自分の奥の方と世界とが確かに接合している充足感につながります。それは人間の本能的な信仰の形態なので、非常に求心力があります。いまのアイドルブームは、確実に信仰の度合いを増しつつあります。ぼくはちょっともう引き気味なんですが、宗教が相変わらずいまのままなら、この状況はさらにバージョンアップしてゆくのではないかと思います。